ピーピング・トム（4）-周平×裕太＋諒-

「あーもう、滝沢邪魔すんなよ。俺、諒に課題見せてもらわなきゃなんないんだから」
パニックになって怒鳴り散らしそうになった俺を救ったのは、やっぱり裕太だった。
しっしと野良犬を追うような手つきで滝沢を牽制した裕太の動じない態度に、俺の頭に上った血がスーッと引いていった。
あるいは、裕太のことだから、滝沢の言わんとすることの意味がよく理解できていないだけなのかもしれなかったが、俺はいつだってそういう単純さにこそ救われていたのだから、そんなことは問題ではなかった。
「ね、ね、諒。はやく早く！」
思わぬ反撃を食らって、むっと不機嫌になった滝沢を一顧だにせず、裕太は俺の机に抱きついてガタガタと揺すった。
「わかったよ、裕太……しょうがないなあ、もう……」
俺は得体の知れない優越感に、頬が緩むのを抑えるのが大変だった。

「裕太は誰にだって愛想がいいんだ、俺だけが特別なんじゃない」
俺は必死で自分にそう言い聞かせたけど、こういう時はどうしようもなく……そう、どうしようもなく、心が浮き立つ。
自分が裕太にとって「特別」なんじゃないかって、そんな都合のいい解釈をしてしまいそうになる。
俺は裕太の幼馴染で、生まれたときから隣同士で、学校だってずっと一緒で……だから、昨日今日知り合った連中とは違うんだって、特別なんだって、そう思い込みたくなる。
……けど、もちろん分ってる。
そんなのは俺の妄想だって。
本当のところ、裕太にとって俺は、ここにいる多くのクラスメイトと同じ、単なる「友達」にすぎないんだ。
あるいは、少しだけ自惚れることが許されるなら、そんな大勢の友人たちの中でも「一番の親友」ぐらいには、思ってもらえているのかもしれないけど……。
だけどそれは「他よりも付き合いが長い分だけ親しい」という、精々その程度の理由で、裕太が俺に何か特別な感情を抱いているとか、そういうことじゃない。
裕太はいつだって、誰にだって、同じように、平等で……だから、誰も特別なんかじゃないんだ、特別なんかには、なれないんだ…………。
なれない、はずなのに――――。
*
「う？　あー、今日兄ちゃん遅いからご飯外だってメール来た」
裕太は不意に課題を書き写す手を止めて、胸の内ポケットから携帯を取り出した。
マナーモードにされていたから俺は気が付かなかったが、アイツからの着信が裕太の胸を震わせたらしかった。
「ね、俺八時まで空いたから、帰り諒の家、寄っていい？」
裕太はパタンと携帯を閉じると、イタズラを思いついた子供のような顔で、俺にそう聞いてきた。
もちろん、それを断る理由なんかなかった。
俺は、いいよと大きく頷いた。
「やったー、諒ン家ひさびさ！　思いっきり畳に寝っ転がりたい」
両手を上げて、無邪気に喜んでいる裕太の様子に触発されて、俺の頭に一つのアイデアが浮かんだ。
「なあ、裕太。それならいっそ、ウチで晩御飯食べてけば？　なんなら、今から母さんに――」
電話しようか、といいかけて俺の舌は止まった。
困ったような、申し訳なさそうな表情で俺を見上げてきた裕太を見れば、返事は聞かなくてもわかった。
「うーん、嬉しいけど、夜は絶対に兄ちゃんと食べるって、決まりなんだ」
だからダメと首を振った裕太は、まるでそうするのが当然で、他に選択の余地はまったくないのだとでもいうような口ぶりだった。