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BL版権物の二次創作ブログです。現在『メイド*はじめました』で活動中です。
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  名前:うさこ
  萌属性:血縁、年の差、アホ子受、ワンコ攻
  好き:甘々、主人公総受け
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今から思えば、私は倦んでいたのだと思う。
自分のものでない人生に。
この髪の毛一本、指先一つすら自分個人のものではないという事実に、私は心の底から飽き飽きし、うんざりしていたのだと思う。
ただそれは、今から思い返してみればそうだったのだと言えるだけで、当時、他に比べる基準を持たなかった私には、自分が置かれている状態が何なのか、何もわかってはいなかったのだけれど……。
*
東久世翡翠は東久世家の長男として、銀のスプーンをくわえて生まれてきた。
股と同じくらい頭が緩い母親と、三年に一度のペースで入れ替わる名前だけの父親という、まったく当てにならない両親に挟まれて、翡翠は親族を含めた多くの関係者から次期東久世グループ当主となるよう期待され、またそうなるべく徹底的に仕込まれ、育てられた。
翡翠はそれを嫌だと思ったことはなかった。
本当に一度も無かった。
背負うべき義務と責任の重さと、その代償として与えられる金と名誉が等しい価値にあると疑ったことは無かった。
なにしろ翡翠はそれ以外の生き方を知らなかったのだから、そもそも疑いようが無かった。
――ただし、あの日、あの瞬間までは……。

その日は雨が降っていた。
ただでさえ雨の日は渋滞するというのに、三越本店前の中央通りは近くで交通事故があったとかで大渋滞を巻き起こしていた。
本郷キャンパスに迎えの車が来て、上野から神田を抜け、わずか日本橋まで上がって来るのにもう一時間はかっている。
そのうちの40分以上はこうして、遅々として進まない赤いテールランプの列を睨んで過ごしているのだから、翡翠の口からため息の一つも漏れるのは仕方が無いことだった。
「申し訳ありません」
運転手が肩を縮こまらせるようにして謝った。
お仕着せの紺色ジャケットに白手袋をはめた運転手は、久世ホールディングス本社から送られてきた社用車の運転手であって、東久世家が直接雇っている“メイド”ではなかったから、翡翠の重いため息に過剰反応してしまったのだろう。
翡翠は恐縮した様子の運転手にちらりと視線を送ると、いえ、と短く答えた。
「渋滞はあなたのせいではないでしょう、野村さん」
最後に名前を付け加える。
野村は初対面の、しかも一介の運転手に過ぎない自分の名前を翡翠が知っていたことにひどく驚いた様子で、ほとんど涙さえ流さんばかりの勢いで感激している。
しかし、そのトリックはごく単純なことだった。
「お迎えに上がりました」と頭を下げた男の胸元に付いた小さな名札を、翡翠が見逃さなかっただけのことだ。
人間とは何と簡単な生き物だろう、と苦笑に唇をゆがめると、翡翠は視線を車窓の外に逃した。
三越前からなら、日本橋の上に掛かった首都高を潜ってすぐに左に折れれば、本社は直ぐそこだ。
翡翠が何の責任もない自由な立場の人間だったら、「こんな渋滞待っていられるか」とさっさと車を降りて、雨の中だろうが何だろうが、本社まで歩いて行ってしまった事だろう。
しかし、残念ながら翡翠はそんな軽率な行動が許される人間ではなかった。
翡翠の体も意思も、何もかもが翡翠のものであって、翡翠のものではなかった。
翡翠は生まれながらにして「東久世」という、巨大なアメーバに絡め取られ、奉仕することを義務付けられた哀れな生贄の羊でしかなかった。
歩けば五分もかからない距離が、今日は果てしなく遠かった。
*
銀座線三越前のA4出入口の軒下には、白い自動販売機が一台置いてある。
翡翠はその脇にワンセットで用意されている空き缶専用のゴミ箱が、先刻から気になって仕方が無かった。
いや正確に言うなら、ゴミ箱が、ではなくゴミ箱の下に丸まっている青い塊が、気になって仕方が無かった。
最初は不法投棄された家庭ゴミか何かだろうと思って冷たく見ていた翡翠だったが、どうもそのゴミが動いているように見えて仕方が無いのだ。
小雨がしっとりと濡らした地面の上を、少しずつ少しずつ青い塊が前進しているように見える。
傘を差して足早に通り過ぎていく人々は誰も気が付かないようだが、翡翠は動かない車のおかげでそのゴミがどうも生きて動いているらしいことに気が付いた。
ひょっとしたら、無責任な飼い主に捨てられた猫か犬かもしれない。
かわいそうに、と思ってから翡翠は自分の感傷的すぎる考えに、ひっそりと眉をしかめた。
嫌な物を見てしまったという気分で、視線を逸らそうとした瞬間、ぎょっとして動きを止める。
青い塊から小さな手が伸び、空へ向かって震える指先が僅かに差し伸べられるのを見たのだ。
「子供だ」
思わず声を上げる。
咄嗟に車外に飛び出し、駆け寄ろうと数歩進んだところで、はっと我に返った。
――子供だったら、何だというんだ。
自分にできることは地下鉄の職員を呼ぶか警察に連絡するかぐらいのものだ、と翡翠はすぐに冷静さを取り戻した。
後ろから慌てて追いかけてきた運転手が差し掛ける傘を受け取ると、すぐに車に戻って待機するよう指示する。
いくら路上駐車場と化した大渋滞の中央通りでも、車を放置させるわけにはいかない。
翡翠は胸の内ポケットに収まっている携帯電話を探りながら、駅か、警察か、どちらに連絡すべきだろうかと迷って、しばらく青い塊を観察した。
それは、みすぼらしい子供だった。
ゴミ袋に見えたのは、小さな体には不釣合いに大きすぎる青いナイロン製のジャンパーを羽織っていたためで、どれほど着潰したものか衿も袖口も黒く垢じみて汚れていた。
子供は自分が見られていることにも気が付いていないようだった。
駅の軒下から少しづつ前進して、雨の当たる場所まで這い出て来ると力尽きたように横たわった。
雨粒なのか涙なのか分からない透明な水滴が頬を流れて落ちる。
子供は瞬きもしなかった。
ただ、霧雨が全身を濡らしてゆくのを喜ぶように、うっとりとした表情を浮かべて空を見上げていた。
その美しさに、翡翠は胸を突かれた。
不法投棄されたゴミと見間違うほど汚れたみすぼらしい子供が、たった今、この瞬間に、天の使いのごとく輝いて見えた。
翡翠はゆっくりと傘を閉じると、慎重な足取りで近付いた。
足音高く駆け寄れば、あの子は蜃気楼のごとく消えてしまうとでもいうように、一歩ずつ静かに歩み寄った。
「どうしたの」
声をかける。
子供は眠っているかのように無反応で、翡翠は膝を折って顔を覗き込んだ。
「そうやって、横になっていると気持ちいい?」
じゃあ私もやってみようかな、と冗談めかして言ってみると子供の目が開いた。
大きな瞳が緩慢な動作で動き、翡翠を捉えて、止まる。
それは鏡のように、覗き込む翡翠の姿が写って見えるほど透明に澄んで、美しかった。
神々しさに翡翠の背筋が震えた。
ふいに、子供が笑う。
蕩けるような、天使の微笑だった。
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