一人墜落（2）-大貴×裕太-[大貴視点]

啓寿から電話があったのは、僕が藍川君を落として一ヶ月ほど過ぎた日の、夕方だった。
僕は学校から帰宅して、藍川君の柔らかい髪の感触を楽しんだり、戯れに口付けしたりしながら本を読んでいた。
『大貴、あの件だいぶ大事になりそうだぞ、大丈夫か』
普段はほとんど感情を表さない幼馴染の声に、僅かな焦りの色を感じた僕は、なんだか面白いことがおきそうだと、内心ほくそ笑んだ。
「どうしたの啓寿、何かあったの」

電話越しであったが古い付き合いの彼には、そんな僕の心の動きが分かったようだ。
『面白がっている場合じゃない。どうやら俺が思った以上に藍川のシンパは多かったようだ。今日の報道をみただろう。あれを受けて俺達のクラスは愚か、学校中で捜索に協力しようという雰囲気になってる』
「ああ、今朝新聞を見たよ、一面のトップ記事だったね。しかも全国紙全部が。頭の軽い男の子一人消えたところで、どうせ家出扱いされて、たいした騒ぎにもなるまいと高を括っていたけど、ちょっと甘かったみたいだね」
『新聞だけじゃない、テレビの方がもっと大騒ぎしてる。今朝も校門の前に記者やらレポーターやらが詰め掛けて大騒ぎだ』
「へえ、テレビかあ。普段あんまり見ないから、それは気が付かなかったなあ。ちょっと待っていまつけてみるよ」
藍川君の目の前にあったリモコンを手に取ると、僕はぱちりとテレビの電源を入れた。
――当初身代金目的の誘拐と思われていた藍川裕太君失踪事件ですが、警視庁は事件に巻き込まれた可能性が高いとして、本日公開捜査に踏み切ると――
ちょうど７時のニュースが始まったところだったが、驚いたことにどうやらここでも、トップ扱いのようだ。
藍川君は自分の名前と顔が大きく映し出された画面を、やはり焦点の合わない瞳でぼんやりと見ている。
「ふーん、楽才学園には有力者の師弟が多いからね。本気で動かれると、少し困ったことになるかもね」
僕はそんな報道にも無反応な藍川君の腰を、より近くに抱き寄せた。
『ああ、政治家からマスコミ、警察、弁護士、よりどりみどりだからな楽才は。ひょっとすると、早々に足が付くことになりかねないぞ』
電話越しの啓寿の声に、普段聞きなれない響きが混じる。
「はは、心配してるの？　僕よりそっちこそ大丈夫なの？　藍川君は啓寿の家に泊った後、失踪したことになってるんだろう」
『あれから何度か警察が来て、藍川が家に来る事になった経緯や、失踪前の様子なんかを聞かれたが、別に俺に嫌疑が掛けられている様でもなかったし、話し振りからして何も掴めてないようだったから、今のところ問題は無いと思うが……』
「ふふ、啓寿にしては弱気だね」
『おい、もし俺が疑われて身辺調査でもされてみろ、お前との関係なんて公然なんだから、芋ずる式だぞ』
「おやおや、お互い脛に傷持つ身は辛いね」
『おい、ふざけている場合じゃない』
僕の真剣身の欠片も無いおどけた様子に、普段から低い啓寿の声が、更に地を這うように低くなった。
「ふざけてなんていないさ、楽しんでるだけだよ」
僕はそんな啓寿の様子がなおさらおかしくて、くすくすと笑い声をもらしてしまう。
『……大貴、俺はお前の破滅嗜好に付き合う気はないんだ』
啓寿はあきれ果てたと言わんばかりのため息とともに、そう吐き出した。
「それはずいぶんな言いぐさだね。僕達は共犯者だよ、いやむしろ主犯は君だ。僕は壊れてゴミとして打ち捨てられた玩具を拾っただけなんだから」
僕はやっぱりくすくす笑いながら、啓寿にそう反論した。
電話口から、ふつふつと湧き上がる啓寿の怒りの音が聞こえるようだ。
『……大貴、藍川の件について、俺はお前を許したわけじゃないんだぞ。人のモノを勝手に――』
「いやだなあ。僕が君の獲物を横取りしたみたいな言い方は止めてよ。アレを見付けたのも君、浚ったのも君、そして、捨てたのも君なんだから。そこの所を忘れないでよ」