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BL版権物の二次創作ブログです。現在『メイド*はじめました』で活動中です。
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  萌属性:血縁、年の差、アホ子受、ワンコ攻
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「翡翠さん、僕……お願いがあるんですけど」
琥珀が思い切った様子で切り出した。
その日は第三四半期の決算を無事に終えて、一週間ぶりに夕食を共にした金曜の夜。
持ち帰りの案件も無く、明日も明後日も完全な休日で、翡翠は全ての時間を琥珀と一緒にすごすつもりだった。
「いいよ、琥珀。なんでも言ってごらん」
「あの……僕……あの……」
向けられた視線をテーブルに逃がして、琥珀は言葉に迷っている。
琥珀は人から拒絶されることを何よりも恐れているので、こんな風に自分から何か言い出すようなことはめったに無い。
緊張しているのだろう、ティーカップを受け皿に戻す手がかすかに震えている。
琥珀を焦らせないよう、翡翠は次の言葉が出てくるまで辛抱強く待った。
「ぼく……僕は、翡翠さんに拾ってもらって、すごく感謝してます」
「私も琥珀に出会えてよかったと、いつも感謝してるよ」
「……あ、あの……それで、僕……中学校までの勉強、終わりました」
「そうだね、琥珀は本当に良く頑張ったよ。私も感心してるんだ、琥珀にはきっと才能があるんだね」
翡翠が褒めると、琥珀は赤面して前髪を引っ張った。
そうやって顔を隠そうとするのは、琥珀が小さかった頃からの癖だ。
琥珀の正確な年齢はわからないが、拾った当時、乳歯の生え変わり状況から九歳か十歳ぐらいだろうと診断されている。
そこからわずか五年で、幼稚園児並みの教育すら受けていなかった琥珀が、義務教育九年分の課程を終わらせたのだから、本当にたいしたものだ。
全て家庭教育だったから社会経験は乏しいかもしれないが、知識だけなら同年齢の子供に十分追いついたと言えるだろう。
翡翠は優しく笑うと、膝のナフキンをテーブルの端にくしゃりと置いて琥珀に向かって身を乗り出した。
「ああ、分かった。ご褒美が欲しいんだね、いいよ何でも買ってあげる」
「えっ?!」
「絵が欲しいの? よし、それじゃあ琥珀の好きな素朴派を一枚買ってあげようか」
東久世家には代々の当主が趣味や投資で買い集めた美術品が数多く眠っている。
そこに琥珀が好きな一枚を新しく加えるというのは、なかなかに良い趣向だと翡翠には思えた。
「アンリ・ルソーかアンドレ・ボーシャンがいいかな。手に入れるにはちょっと時間がかかるかもしれないけど、寝室に飾るのにいい小品を探してみよう」
「ち、違いますっ。僕、そんなのいりませんっ」
琥珀が強く否定すると、翡翠は少し考え、すぐにああと片手を上げた。
「それじゃあ鳥だね。琥珀は小さな鳥が大好きだから。いいよ、庭に新しい温室をもう一つ作らせるから、そこに琥珀の好きな鳥をいっぱい飼おう」
「っ、違います、違います」
琥珀はぶんぶんと音がしそうなほど激しく頭を振る。
「それも違うの?」
翡翠はさて困ったぞと、顎に手を当てた。
「難しいな。それじゃあなんだろう、絵でも無く、鳥でもなく、琥珀が欲しいもの……」

日本橋の三越前で名前も持たない子供を拾ってから五年の歳月が流れたが、その間琥珀は一度も何かを欲しいと言ったことはない。
水の一滴、パンの一かけすら欲しいと言ったことはない。
乳母のハルはそれを琥珀の頑固さだといって嫌な顔をするのだが、翡翠は決してそうは思わなかった。
琥珀が「欲しい」と言わないのは意地を張っているわけではなく、自分にそれを求める価値がないと信じているからだ。
琥珀の生活は翡翠によって大きく変ったが、その心はゴミ箱の脇で死が迎えに来るのを待っていたあの時と何も変っていない。
自分に生きる価値がないと信じているものが、どうして何かを求めたりできるだろうか。
だから翡翠はこんなに素直な子はいないと、周囲にも琥珀本人にも言い続けている。
「琥珀が私に頼みごとなんて初めてだからね。遠慮せずに、好きなものを言ってごらん」
世界中の幸せを琥珀に送ると約束したんだから、と翡翠は目を細めて笑った。
「何でもいいよ、何でも叶えてあげる」
「あの、僕……僕……」
琥珀は勇気を振り絞るようにぎゅっと両手を胸の前で握った。
「僕を……翡翠さんのメイドにしてください……」
小さな、しかしはっきりとした声で琥珀は言った。
東久世家で言う「メイド」とは、一般的に使われている「下働きをする女性」という意味ではない。
執事をはじめ運転手や料理人、警備から庭師、女中、雑役まで全ての家庭内労働者の総称である。
つまり琥珀は「使用人になりたい」と言ったのだ。
翡翠は唖然とした。
「――それは、一体、どういう意味?」
「だ、だめですか……?」
「だめ、というか、分からないんだ。説明してくれないか」
「だ、だから……翡翠さんのメイドに、僕……」
琥珀は泣きそうな目で翡翠を見上げる。
それが冗談で言っているのでないことは明らかで、握った手のひらも細い肩も緊張しきって震えている。
翡翠は困惑して首を振った。
「琥珀は私の家族なんだよ、使用人じゃない。私はそんなつもりで拾ったんじゃない」
「……やっぱり……僕なんか、翡翠さんのお役には立てません、よね……」
琥珀は体を萎ませるようにして俯いた。
翡翠は慌てて席を立つと、琥珀の側に回りこみ小さくなった肩を抱く。
「琥珀、私はそいうことを言っているんじゃない。分からないのか」
「だ、だって……」
「いいかい、琥珀はこれからもっと勉強して、その才能を伸ばさなきゃ。メイドなんてしてる場合じゃないだろう」
「……僕には才能なんて、何にもありません……」
「そんなことはないよ、琥珀は芸術の才能がある。収蔵室の美術品を眺めていれば何時間でも飽きないって、そういってたじゃないか」
「だって、そんなの当たり前です。あんな綺麗ものに囲まれてたら誰だって楽しくなります、才能なんかじゃないです」
「そうかな、私ならきっと退屈で三十分も耐えられないよ」
値段によって価値を量ることに慣れてしまっている翡翠には、どんなに優れた芸術品も値札を付けたモノとしか考えられない。
極端に言えば、ルーヴルのモナ・リザもスーパーのキャベツも、価格が高いか安いかの違いしかないのだ。
そんな翡翠から見れば、そのモノをただ美しいということだけで楽しめるのは十分に才能だと思えた。
「私は無粋な人間なんだ、琥珀みたいな才能が無いんだよ」
「それは、翡翠さんはお忙しいからです。時間に余裕があれば、楽しめます」
「なら、鳥は? 琥珀は庭に来る鳥を見分けて、いつも私に教えてくれるじゃないか」
「そんなの、誰にでもできます。この辺りで見られる野鳥は50種類ぐらいしかいないんですから」
「私にはスズメとカラスとハトと、あとはせいぜいツバメぐらいしか見分けられないんだけど?」
「それは、翡翠さんはお忙しいからです。時間に余裕があれば、見分けられます」
「またそれなの?」
翡翠は苦笑して肩をすくめた。
琥珀はいつも自分を否定するときだけ饒舌になる。
「困った子だね、どうしてそんなにメイドになりたいんだい?」
「僕は……翡翠さんのお役に立ちたいんです……」
「もうたってるよ。琥珀がここに居てくれる、私にはそれだけで十分だ」
翡翠が頭を撫でると、琥珀は小さな子供がイヤイヤをするように、ぎゅっと目を閉じて首を振った。
「私が信じられないの? 家族というのはそういうものなんだよ、琥珀は私の家族だろう?」
「……僕はっ、翡翠さんのお役に、立ちたいんですっ」
琥珀は涙声になって繰り返すと、翡翠の上着にしがみついた。
頼りない体を抱き返して翡翠は、ああ、とため息をつく。
琥珀には分からないのだ。
「家族」という意味が。
「琥珀、泣かないで。琥珀に泣かれると私は弱いんだ」
「だって、僕っ……翡翠さん、メイドっ……」
「メイドであるというのは、琥珀にとってそんなに意味があることなの?」
翡翠は琥珀を抱きしめたまま室内を見渡す。
給仕のためにテーブルの周りで待機しているメイド達も、困惑ぎみに顔を見合わせている。
「彼らはただの使用人なんだよ?」
「で、でもっ、いつも翡翠さんの側に……」
「それが彼らの仕事だからだよ」
「っ、だからメイドに、僕も……」
しゃくりあげる琥珀の顔を、翡翠はゆっくりと上向けた。
哀しい目をしていた。
冬の街に裸で放り出されたような、あてどもなく、心細い、孤児の目だった。
翡翠の胸が痛んだ。
琥珀は言葉を信じていないのだった。
目の前にある現実だけがいつでも琥珀の真実であって、形のない言葉は、口だけの約束と同じように、信頼のおけない怪しげな物語でしかないのだ。
だから琥珀は、家族という得体の知れない絆よりも、主従という契約に基づいた明確な関係を望むのだろう。
翡翠は指の腹で頬の輪郭を辿って、琥珀の涙をぬぐった。
「わかったよ、琥珀。好きにすればいい」
「翡翠さんっ……!」
ぱっと顔を輝かせた琥珀に、翡翠は少しだけ笑って頷いた。
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