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BL版権物の二次創作ブログです。現在『メイド*はじめました』で活動中です。
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  名前:うさこ
  萌属性:血縁、年の差、アホ子受、ワンコ攻
  好き:甘々、主人公総受け
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「あの子、しゃべったわよ!」
乳母のハルが書斎に飛び込んできた。
大学から戻ったばかりの翡翠は、『経営財務』や『組織戦略』と書かれた教科書を書棚に戻しながら、そうですかと気のない返事を返した。
「あら、驚かないの?」
「別に驚くようなことじゃないでしょう、琥珀は私とは普通に口をきいてるんですから」
「だから、翡翠以外の人間にはじめて話したのよ」
ちょっとは興味持ったらどうなの、とハルは不満そうに下唇を突き出す。
翡翠は首を振ってため息をついた。
「ハルさん。琥珀の面倒は私が見るので、昼のあいだ危ないことが無いよう見てくれているだけでいいと、言ってあるはずですが」
「だから、それじゃあ東久世家の乳母としての立場が無いって、わたしも言ったはずでしょ」
ふん、と鼻から息を吐き出してハルは翡翠を睨む。
東久世家の三兄弟と自分の息子、合わせて四人の男の子を育て上げたという自信だろうか、ハルは厄介すぎる琥珀の世話に奇妙な闘志を燃やしているようだった。
翡翠にしてみれば、好きで苦労しているだけじゃないかと言いたい所だが、子供を次々に生み捨てていく身勝手な母親の代わりに、愛情をこめて育ててくれたハルには、どうしても強く出られないところがある。
翡翠は、はいはい、と投げやりぎみに頷いた。
「それで、琥珀は何て言ったんですか」
「イーヤ」
イーッ、と唇を横に引き伸ばして言ったハルに、翡翠は眉を寄せた。
「なんですかそれは」
「だから、イヤ、よ。お風呂に入りましょうねって、服を脱がそうとしたら“嫌だ”って言ったの」
すごい進歩でしょ、とまるで自分の手柄だとでも言うように胸を張る。
翡翠は書棚から視線を戻して、肩をすくめた。
「それは進歩なんですか?」
「進歩よ! 大進歩!」
ハルの説明はこうだった。

琥珀が翡翠以外の人間に対して取る態度は、「逃げる」「暴れる」「天使になる」の三種類しかなかった。
逃げる、というのは文字通り逃げ出すということで、他人に対して恐怖心を抱いているらしい琥珀は、不用意に誰かが近付いたり、不意打ちに顔を合わせたりすると、怯えた猫のように飛び上がって逃げ出してしまう。
怖がっているのだから、逃げた琥珀は放っておくのが一番良いのだが、現実的にはそうできない場合もある。
風呂や着替えなど、乳母として雇われているハルには、逃げ出した琥珀の後を追いかけてでも、どうしても身につけさせなければならない、常識的な生活習慣というものがあるのだ。
おかげでハルは毎日、屋敷の中を延々と追いかけっこした挙句、パニックになって今にも殺されんばかりの悲鳴を上げて大暴れする琥珀を、力ずくで押さえ込むはめになる。
しかし、そんな風に小さな体を押さえ込み、どうしても逃げられないという状況にまで追い詰めると、琥珀は突然糸の切れた人形のようにぐにゃりと全身の力を抜き、瞬きもしないほど完全に無反応になる。
最初は心臓麻痺でも起こしたのかと周囲を大いに慌てさせたが、駆けつけた東久世家の家庭医、春日井の診断によれば「ストレス反応の一種」とのことだった。
つまり、自我を保っていられないほどの強い恐怖から身を守るために、意識を遮断したのだという。
「あんまり、いいことじゃねぇーな」
と、琥珀を診た春日井は五分刈りの短い頭をジャリジャリとかき混ぜながら言った。
120cmの身長に、体重は20kgしかない痩せすぎの体が、うち捨てられたボロ人形のように手足を奇妙な方向に捻じ曲げて転がっている。
「まあ、躾もいいけど、あんまし子供を怖がらせるもんじゃねぇよ」
動転した様子で琥珀の周りをオロオロと歩き回っているハルの肩をポンと叩くと、春日井はバスルームの冷たいタイルの上から小さな体をひょいと抱き上げた。
ガクッと頭が後ろに落ちる。
目はうつろに開いたまま、ままどこも見ていない。
「ありゃりゃ、こりゃ天使の抜け殻だな」
春日井が苦笑して言ったその一言から、「そう」なった琥珀を屋敷では「天使になった」と表現するようになった。
*
「逃げるか、暴れるか、天使になるしかなかった子が、自分の気持ちを言葉で表現できるようになったんだから。これは地球がひっくり返ったような大転換よ!」
両手を振り回しながらハルは熱弁する。
「でも、イヤ、の一言だけでしょ。それがそんなに重要ですか」
「そうよ、それが重要なのよ」
ハルは力強く頷いて、思いだそうとするように視線を斜め上に向けた。
「あの顔、翡翠にも見せてあげたかったわ。イヤって言われて、わたしパッて反射的に手を離したのよ。その時のあの子の顔を見れば、きっと意味が分かると思うわ」
「顔……ですか。どんな顔です」
「そうね、例えるなら“異次元から現れた謎の物体エックスが、コンニチハって日本語で話しかけてきた!”みたいな顔よ」
「何ですかそれは、余計に分からないんですが」
翡翠が顔をしかめると、ハルはできの悪い生徒を叱るように人差し指を左右に振った。
「だから、あの子は今日はじめて気がついたのよ、言葉が人に通じるってことに。話すってことに意味があるってことに、あの子は今日はじめて気がついたのよ。翡翠以外の人間も、ちゃんと人間なんだってことに気がついたの」
そして、それを教えたのは自分だと、ハルは誇らしげな様子だ。
翡翠は何となく出し抜かれたような心持ちがして、そうですかとそっけなく答えた。
琥珀の心理がハルの説明どおりだったとしても、そうでなかったとしても、どんな些細な変化もまずは進歩として捉えて喜ぶべきことなのだろう。
だが、翡翠はそれを素直に喜べなかった。
翡翠は琥珀の瞳の中に自分の居場所を見つけてしまっていた。
琥珀が変化することによって、その居場所を無くしてしまうのではないのか。
そんな焦りと恐れを同時に感じて、翡翠は琥珀に対する異常な執着を自覚した。
湧き上がる予感のおぞましさに、翡翠はぞっと身震いする。
――自分の欲望を満たすために、私はあの無垢な子供を生贄として欲しているのではないのか。
翡翠はその日はじめて自分自身を疑った。
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