災いの黒幕（8）-周平×裕太-

「チョコレート取ってきていい？」
裕太が、周平のシャツのすそを引いた。
買い物籠の入ったカートを押す手を止めて、周平は裕太を見下ろした。
「ね、イチゴが入ってるの、チョコレートがかかってるやつ」
裕太はキラキラと期待に満ちた眼差しで、周平を見上げた。
この天国屋系列のスーパー、「オーガニック・ガーデン」は国産品を中心に取り扱う、いわゆる「高質食品スーパーマーケット」で、ここでしか売っていない、ロイズのキッズチョコレートは、裕太の大好物なのだ。
周平は笑って頷いた。
「いいよ、取っておいで」
裕太はぱっと目を輝かせると、転がるようにして、菓子売り場へと駆けだした。
「危ないから、走っちゃダメだよ」
周平の声に、裕太は後ろを向いたまま、両手を振った。

――遅いな、裕太。
チルド売り場で、裕太の好きなジュースと、朝食用のヨーグルトを選び終えた周平は、通路の奥へ目を凝らした。
菓子売り場は、陳列棚の向こう側だから、ここからはちょうど死角になっていて、見ることができない。
――欲しいものが多すぎて、迷ってるのかな。
大好きなチョコレートを、小さな両手一杯に抱えて立ち往生している裕太を想像して、周平は一人で笑った。
牛乳パックを一つかごに入れると、周平は裕太がいるだろう菓子売り場へと、カートの向きを変えた。
*
――おかしい、裕太がいない。
結局、周平は裕太を見つけられぬまま、店内を一周してしまった。
この「オーガニック・ガーデン」祐天寺店は自宅から近いこともあって、裕太は母親と一緒に普段から良く利用している。
だから、裕太も勝手は良く分っているはずで、迷子なんかになるはずはない。
いや、そもそも迷子になれるほど広い店でもない。
周平の背中に、じっとりと、嫌な汗が滲んだ。
「またか――？」
周平は思った。
また、その可愛らしさに目を付けたどこかの変態が、俺の裕太をさらって行ったのか。
恐ろしい予感に、ドクンと心臓が大きく波打った。
瞳孔が縮まって視界が急に暗くなった。
はあっ。
周平は自分を落ち着かせようと、一つ大きく息を吐いた。
*
「ちょっと、すみません。八歳の……小学校三年生の男の子なんですけど――」
商品補充に来た店員は、振り返って、周平の尋常でない顔色を見ると、ぎょっと驚いたような顔をした。
「は――はい、何か……？」
「子供を、見ませんでしたか……白いシャツと半ズボンで、こんな大きな、麦藁帽子をかぶった――」
帽子のつばを丸く表現して見せた周平の手の先は、滑稽なほど震えていた。
萌黄色のエプロンを付けたパート店員は一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに「ああ、それなら」と、入り口を指差した。
「さっき出て行かれましたよ、手を引かれて……お友達でしょう、同い年ぐらいの男の子――」
その説明を、周平は最後まで聞いてはいなかった。
商品を入れたカートをその場に置き去りにして、店から走り出た。