深呼吸（6）-周平×裕太-

「俊才」「端麗」「選良」
周平に対する周囲の評価をまとめれば、概ねそんな二文字に集約さるだろう。
あるいは、周平のプライベートを知る者なら、そこに「世話好きの」「弟思いの」という形容が加わるかもしれない。
だが、あくまでその視線は好意的で、批判や皮肉が込められたものではなかった。
諒が聞いたら、「皆アイツに騙されてるんだ」と怒り出しそうな意見だが、なにしろ周平の外面の良さと、面の皮の厚さは、もう十年以上もの間上塗りを重ねてきたエベレスト級の代物だ。
だから、それを突破できないからと、市井の人々を責めるのは、あまりにも酷というものだった。

「藍川主任！　いつもありがとうございます」
『生鮮食品担当マネージャー』の肩書きを持つ小太りの男は、買い物途中の周平を見つけると、そういって深々と頭を下げた。
東京に戻って以来、ほぼ毎日ここ天国屋池袋本店地下二階の、スーパー『オーガニック・ガーデン』で夕飯の買い物をして帰る周平は、この小太りのマネージャーと、もうすっかり顔なじみだった。
腰を折ったまま上目使いで見上げている小太りの男に、周平は軽く会釈をかえした。
「ああ、マネージャー。どうも、お疲れさまです」
周平のそんな、まったく型通りの儀礼的な挨拶に、マネージャーは大げさに反応して、両手を顔の前で激しく振った。
「いえ、いえ、いえ、そんなめっそうもない！　主任こそ、毎日こうしてお買い物なさって、ご自分で料理されるんでしょう、大変ですねえ」
小太りの男が張り上げる必要以上に大きな声に、横を通り過ぎて行くご婦人たちが、一体何事だろうと、二人に好奇の視線を向けた。
「これは、趣味みたいなものですから、楽しんでやってるんですよ」
周平は、はははと、快活に笑って見せながら、内心で、マネージャーの気の利かなさに、舌打ちした。
IDカードを外してここに来ている以上、例え周平が本社の主任だろうが、オーナーの孫だろうが、そこは一般の客と同じように扱うのがマナーというものだ。
「さすが、主任！　私のような不調法者は――」
更に言葉を続けようとする、空気の読めないマネージャーを、周平は軽く手を上げて黙らせた。
「おっと、マネージャー、待ってください、ほら、あそこ、販売員がお客様から何か言われてますよ。クレームかもしれませんから、行ってあげてください」
周平の指差すほうを見て、察しは悪いが、仕事熱心なマネージャーは、ようやく自分の職務を思い出したようだった。
マネージャーは慌てて姿勢を正すと、出っ張った腹の前で手を組んで、「それでは、ごゆっくりお買い物をお楽しみください」と、周平に向かって30度の敬礼を送った。
そんな服務規程通りの挨拶に、周平もまた「あるべき客」として、「ありがとう」と軽い目礼で返すと、自然なタイミングでマネージャーから離れた。
周平は人の流れに戻りながら、あの人も、もう少しスマートに振舞えるようになれば、課長ぐらいにはなれるだろうにと、根は真面目な小太りの男に、辛口の点数をつけた。