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BL版権物の二次創作ブログです。現在『メイド*はじめました』で活動中です。
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  名前:うさこ
  萌属性:血縁、年の差、アホ子受、ワンコ攻
  好き:甘々、主人公総受け
  嫌い:イタい子
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エントランスに出ると、車寄せにはすでに黒塗りの社用車が待機していた。
秘書の山内が翡翠の退社を知らせたのだろう。
待ち構えていた運転手が、ちょうどのタイミングで後部座席のドアを開く。
見れば琥珀を拾ったあの日と同じ運転手だった。
「ああ、野村さん」
気づいた翡翠が名前を呼ぶと、野村は少し顔を上げ、頬と目尻に刻まれた皺をより深くしてにっこりと笑った。
「ご自宅でよろしいですか」
「お願いします」
翡翠は考えることも無く習慣的にそう答えた。
車は一方通行の道をそのまま進み、本社の直ぐ脇にある江戸橋のインターチェンジから首都高に上がる。
千鳥ヶ淵の堀の水がずいぶん黒いなと思っていると、トンネルに入る直前ポツリとガラスに水滴があたった。
「雨か」
翡翠は誰ともなしに呟いた。
「今夜はかなり強く降るそうですよ」
「そうですか」
野村の言葉通り、トンネルを出ると車は雨に包まれた。
ライトを浴びた雨粒の軌跡が、銀の糸を垂らしたように光っている。
パチパチと車体を叩く雨音は、翡翠に琥珀を思い出させた。
琥珀は雨が嫌いだった。
無くした記憶が疼くのだろうか、こんな夜はいつも一人で泣いている。
「すみません」
翡翠はバックミラー越しに野村と視線を合わせた。
「はい、なんでしょうか」
「ちょっと本屋に寄ってください」
「本屋……ですか」
野村の声に戸惑いが見える。
首都高に乗ってしまってので、どこで降りるべきか迷っているのだろう。
「神保町まで戻りますか」
「いえ、ちょっと子供の本を買いたいだけなので、どこでもいいですよ」
「そうですか……でしたら、六本木の青山ブックセンターでもよろしいでしょうか」
「ああ、それで大丈夫です」
翡翠は頷くと、腕を組んで深く目を閉じた。

屋敷に戻ると、やはり琥珀は泣いていた。
三階の翡翠の寝室から、子供の悲鳴が聞こえている。
扉の前に集まったメイド達が、心配そうに中を伺っていた。
「お帰りなさいませ、翡翠様」
戻った翡翠に気がついたメイド頭の津田が、心からほっとした声を出した。
早足で翡翠に近寄り、言いたいことが百も万もあるというような目で翡翠を見上げる。
言葉以上に雄弁な視線を受け、翡翠は分かっていると頷いて口元だけで笑った。
「ここはもういい。琥珀は私が見るから、お前たちは下がりなさい」
手を振ってメイド達を追い払いながら、僅かに開いている扉の隙間からチラリと中を覗く。
室内からは肺の奥から搾り出すような悲鳴が途切れることなく続いている。
「あぁあああぁぁ――あぁああぁぁあ……あぁああぁぁあぁぁ――」
明かりの無い部屋を、稲光が瞬間的に照らした。
それは異様な、ぞっとするような光景だった。
琥珀は絨毯の上に膝をつき、両手で耳を塞いでいた。
見開いた目は正面を向き、流れる涙に瞬もしない。
小さな体全体を震わせて響くその声は、悲鳴というよりも自分を放り出した世界を呪う、激しい怨嗟のように聞こえた。
「琥珀」
翡翠はそっと寝室に入り、内側からカギを閉めた。
驚かさないよう、明かりもつけず近付く。
「あぁあああぁぁ――あぁああぁぁあ……あぁああぁぁあぁぁ――」
「琥珀、私だよ」
「あぁあああぁぁ……あぁああぁぁあぁぁ――」
「琥珀、ただいま。帰ってきたよ」
正面に膝をつき、耳を塞いでいる両手をゆっくりと外した。
「琥珀、こっちを見て、私がここにいるよ」
「あぁあああぁぁ――……」
「もう一人じゃない、怖がらなくていいんだよ、琥珀」
「あ――……」
声が途切れ、琥珀の目に光が戻った。すうっと焦点が合い、いま目が覚めたというように、パチパチと数回瞬きする。
「ヒスイ……?」
「ただいま、琥珀」
「……また、戻ってきたの?」
「また戻ってきたよ」
「どうして……?」
真っ直ぐな目で聞かれて、翡翠は返事に詰まった。
何度も何度も繰り返される質問に、翡翠はいつも分かりやすく答えてきたつもりだったが、一度も琥珀を納得させることはできなかった。
「家」という概念も知らない、「会社」という仕組みも分からない、そんな子供に「帰る」という言葉をいったいどう説明すればいいのか。
琥珀は翡翠を熱心に見上げて、返事を待っている。
その透明すぎる視線に耐えられず、翡翠は琥珀を抱きしめた。
抱きしめながら、琥珀の目に映る自分は、いったい何者なのだろうかと考えた。
「東久世家の長男」でもない。
「東久世グループの当主」でもない。
そんなことを何も分からない琥珀の前に立ったとき、自分は何者でいられるのだろうか。
翡翠は銀のスプーンを咥えて生まれてきた。
東久世家の長男として、東久世グループの当主となるべく毛皮と宝石に包まれて育てられた。
それ以外の生き方を知らない、知る必要も無かった翡翠の前に何も持たない裸の天使が舞い降りて、「お前は何者だ」と残酷な質問をする。
「私は……翡翠だ」
翡翠はその両腕に琥珀を抱きしめていたが、実際にはその小さな体に惨めに縋り付いている気分だった。
「ただの、ヒスイだ」
「うん、しってるよ?」
「そうだね、琥珀は知ってる」
翡翠は体を離すと、琥珀の頭をくるりと撫でた。
「でもそれは、琥珀だけが知ってるんだよ。私は琥珀の前でだけただの翡翠でいられる。琥珀だけが私を自由にしてくれる」
分からないという顔で首を傾ける琥珀に、翡翠はそれでもいいと頷いた。
「琥珀は私の天使だ。私の宝石、私の宝物、私の……」
翡翠は琥珀の頬に手を当てて、その瞳をじっと覗き込んだ。
濡れて鏡のように輝いている表面には、優しい目をした男が映っている。
翡翠は自分にこんな顔ができることを知らなかった。
「愛してる」
込みあがってくる思いに、言葉が零れた。
「アイ……?」
「そう、愛してる。琥珀を愛してる。心から、私は琥珀が……大好きなんだよ」
「だから、戻ってくるの?」
「そうだよ。私は琥珀の側に居たくてたまらないんだ。琥珀の側にいさせてくれるかい?」
細い肩を両手で掴み、懇願するように言う。
翡翠の言葉に、琥珀は真剣な顔で考えこんだ。
やがて、ためらいがちに頷く。
「……うん、翡翠なら……いてもいい」
翡翠は微笑んだ。
いつもの口元だけで作った笑みではない。
暖かな慈しみが溢れる、翡翠の本当の笑顔だった。
「ありがとう、琥珀」
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