心のアルバム（2）-周平×裕太-[周平視点（1）]

周平17才　裕太6才
自室にて

裕太は小さい頃から体が弱くて、ちょっと無理をしたり、ストレスが溜まったりすると、すぐに熱を出して寝込んでしまう、それは手のかかる子供だった。
だから、周りに居る大人は常に裕太を気にかけたし、裕太にとっても、そうやってあれこれと世話を焼かれるのは、ごく自然なことだったのだろうと思う。
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例えば、普通の子供は二、三歳の頃、第一次反抗期……いわゆる「イヤイヤの時期」を迎えるはずなのに、裕太にはそれすらなくって、「反抗期は子供の正常な発達段階」なんて育児書を真に受けた母親は、逆にどこかおかしいんじゃないかと心配して、裕太を医者に連れて行ったぐらいだ。
もちろん医者は「子供の発達には個人差がある、性格だろうから気にする必要はない」という、至極真っ当な診断を下して、母親を落ち着かせたけど。
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とにかく、一事が万事そんな具合で、裕太の体質と性格、そして、それを許す周囲の環境のおかげで、裕太は筋金入りの甘えん坊に育った。
もちろん裕太を誰よりも甘やかしていたのは、他ならぬこの俺だったわけだが……。

俺は、裕太の他に子供の面倒なんか見たことがないから比較は出来ないが、中学になるまで、裕太は一人寝が出来なかったと聞けば、誰もが驚くのではないだろうか。
でもそれは、仕方がないことだった。
裕太は暗闇が苦手だったから、電気が消えた暗い部屋で、一人にされることが耐えられなかったのだ。
母親だって、裕太のそういう性癖は飲み込んでいたから、枕元にスタンドを置いたり、廊下の光が入るように、少しだけドアを開けておいたりと、色々と工夫していたが、どれも裕太を納得させることは出来なかった。
裕太は、寝かしつけた母親が部屋から出て下に降りてしまうと、すぐに起き上がって俺の部屋へ忍び込んできた。
ときには、こわごわと恐れるように、ときには、わくわくと待ちかねたように。
それは、俺が就職して名古屋に転勤になるまで毎日続いた、就寝の儀式だった。
*
「……にいちゃん？」
「うん、いいよ、裕太。入っておいで」
「わ、ありがと」
「さて、今日は、どんな本を読んで欲しいの？」
「えっとね、これ」
「これ？　ライオンのやつ？　もう何度も読んだのに？」
「いいの、だってこれが一番面白いんだもん」
「はいはい、わかったよ。それじゃあ、何度でも読もう」
「うん、読んで」
「じゃあ最初からね……『やせっぽっちのライオンが――』」
「ダメ！」
「え？　どうしたの裕太、何がダメなの？」
「まだお膝に乗ってないもん！」
「……ああ、そうだね……さあ、どうぞ、裕太」
「うん！――しょっと……はい、いいよ兄ちゃん、読んで」
「はいはい、それじゃあいくよ……『バオバブの木の下でお昼寝を――』」
「ダメ！」
「また？　裕太、今度は何がダメなの？」
「ちゃんと最初から、『やせっぽっちの』から読んで！」
「あはは……はい、わかりました、最初からね」
「うん！」
「『やせっぽっちのライオンが、バオバブの木の下でお昼寝を――』」
*
「『――皆でお腹一杯食べました。』……はい、おわり」
「…………」
「裕太？　もう、寝ちゃった？」
「……ま、だ……」
「いいよ、寝ちゃいな。いま、ベッドに入れてあげるから」
「…………」
「さあ、肩までちゃんと布団かけて、風邪引かないようにね」
「……に、ちゃ……」
「ちゃんと、ここにいるよ。勉強が終わったら一緒に寝るからね」
「……で…き……」
「大丈夫、電気も消さない……さあ、もういい子でおやすみ、裕太」
「……お…みな……」
「おやすみ、裕太……いい子だね……」