蛇の林檎（10）-周平×裕太-[周平視点]

俺の表情から厳しさがなくなったことに安心したのだろう、裕太の体からホッと力が抜けるのが分かった。
「そうだね、兄ちゃんは嘘を付いたんじゃなくて。説明に時間がかかっただけなんだよね」
そういって裕太はクスクスと懐かしそうに笑った。
それは、今日俺が家に帰ってから始めてみる裕太の笑顔だった。
「そうだ、お前の準備が出来るまで待っていたんだ」
俺は至極真面目な顔で頷いて見せようとしたが、最後にはやはり裕太につられて笑ってしまった。

「じゃあ、じゃあ、あれは？　遊園地に行くって言ったのに、病院に連れて行かれたのは？」
「あれは、お前が熱があるのに病院は嫌だと駄々をこねたからだ。実際あのとき、医者に何でもっと早く連れてこなかったんだって、怒られたんだからな。結局一週間も入院することになって――」
「あーあー、わかった、そうだった。じゃあ、じゃあさあ、うーんと、うーんと……」
裕太はなんとかして俺から一本取りたいのだろう、じゃああれは、じゃあこれはと次々に記憶の引き出しから昔話を引っ張り出してきたが、その全てが俺にとっては愛しく微笑ましい思い出だった。
「ふー、もういい。わかった、兄ちゃんにはかなわないや」
そして、とうとう最後には裕太はもう降参だというふうに両手を上げて、ソファに倒れこんだ。
「ほお、わかったのか？　何がわかったんだ、裕太。俺にも教えてくれないか」
意地悪くそう尋ねた俺を、恨めしそうな目でチロリと見ると、裕太はぷうっと頬を膨らませた。
「もー、だから、兄ちゃんの言うことが正しいの。俺は色々忘れるけど、それはまだ俺に準備が出来てないってことで、本当に重要なことだったら、いつか兄ちゃんが時を選んで話してくれるから、それまで待ってればいいってこと。そうでしょ？」
俺は裕太の百点満点の答えに満足して大きく頷いた。
「よし、いい子だ」
そして俺はあの日と同じように裕太の頭を胸元に抱き寄せると、髪に鼻を埋めてその匂いを嗅いだ。
――そうだよ、裕太。お前に蛇の林檎は必要ないんだ……お前は何も考えず、疑問も持たず、苦しみも悲しみも知らないまま、この俺が作ったエデンの園で、一生を暮らせばいいんだ……。