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BL版権物の二次創作ブログです。現在『メイド*はじめました』で活動中です。
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  名前:うさこ
  萌属性:血縁、年の差、アホ子受、ワンコ攻
  好き:甘々、主人公総受け
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「戸籍が無い?」
秘書からの報告に、翡翠は眉を寄せた。
書斎机の前で緊張に体を強張らせているのは、突発案件に強いことが見込まれて、総務から秘書課に引き上げられた田辺という男だった。
どういことだ、と責める目線で問いかけた翡翠に、田辺は角ばった顎を引くようにして頭を下げた。
「申し訳ありません」
「申し訳ないはいいですから、私は理由を聞きたいんです」
三日前にゴミ箱の脇から拾ってきた子供の調査報告書は、名前も無ければ、年齢も分からないという、ほとんど意味のない薄っぺらなもので、その大部分も「だろう」だとか、「思われる」とかいうあやふやな語尾でまとめられている。
翡翠は指の先で書類の紙面を弾くように叩いた。
「説明してくれませんか」
「……おそらく、出生届が出されていないのだと」
「届けは無くても、親はいるでしょう。木の股から生まれた訳でもなし、親のほうはどうなってるですか」
「それも……」
言いにくそうに言葉を詰まらせてから、分かりません、と秘書は小さな声で答えた。
「それはないでしょう、この報告書には子連れのホームレスがあの周辺をうろついていたという目撃証言があるじゃないですか。服装も一致してるし、これがあの子とその親じゃないのですか」
「おそらく……そうだと思われますが、親かどうかは、はっきりしません」
「その男を捕まえて、聞けばいいでしょう。なんならDNA検査してでも……」
「それは無理です」
「無理? 何故ですか」
「死んでいます」
「死んだ?」
「はい、三日前に。当たり屋のようなことをやって日銭を稼いでいた男のようで、あの日はそれに失敗したんでしょう、中央通から高島屋に入る一方通行の道でひき逃げにあって、即死です」
翡翠は息を呑んだ。
「じゃあ……ひょっとして、あの大渋滞を起こしていたのは」
「はい、この事故で一時間ほど通行止めになっていました」
「警察の調べは、どうなってますか」
「それも所持品が一切なくて、結局身元不明の遺体として処理されたようです。あの子供も、ひょっとしたら“当たり役”として利用するために不法滞在の外国人あたりから、安く買っただけかもしれません。子供だと同情を買いやすいですから」
翡翠は大きく息をはいて、天を仰いだ。

翡翠は書斎から寝室に戻った。
天蓋付のベッドの上では、痩せすぎの小さな子供がヒューヒューと苦しそうな息で眠っている。
まったく肉の無い、棒のような両腕に刺された点滴が痛々しい。
東久世家に常駐する医師、春日井の診断によれば急性肺炎よりも、栄養失調のほうがより深刻だということだった。
「どうですか、ハルさん。様子は」
「大丈夫よ、容態は安定してるわ。ただ、まだ目が覚めないの」
ハルはベッドの脇のスツールから立ち上がると、翡翠に席を譲った。
翡翠は子供の手を握ると、祈りを捧げるように額に押し当てる。
子供を拾ってきた日から、翡翠はずっとそうして手を握り続けていた。
ハルはそんな翡翠の背中を、励ますように軽く叩いた。
「それで、翡翠。秘書さんからの報告はどうだったの、この子の名前、わかった?」
「いいえ、わかりませんでした。そもそも、名前があるのかどうかも」
「あら、まあ……」
翡翠から報告の内容を聞いたハルは、目を見張って絶句した。
他人の子も含め四人の子供を育て上げた“肝っ玉母さん”のハルも、さすがに言葉が無かったようだ。
翡翠も、気持ちは分かる、というように頷いた。
「私も、正直ショックでしたよ。この日本で、この現代日本で、そんなことが起こりえるんだろうか、とね」
「でも、起こったのね」
「ええ、そうですね……それは起こった、こうして目の前に証拠がある以上、否定はできません」
翡翠は昏々と眠り続ける子供の額を撫でて、髪を後ろに流した。
真っ直ぐな黒髪は、誰が切ったものなのか不揃いで、そのバラバラさが小作りな顔をいっそう儚く見せていた。
戸籍も無く、名前も無く、親も無い。
それはつまり、国家にも、社会にも、他の何者にも所属していない、完全に自由な存在だということだ。
――逃れられない責任に、がんがらめに縛り付けられた自分とは正反対だな。
翡翠は子供の頬を撫でながら、ふとそんなことを思った。
全てのものから解き放たれた、完全に自由な存在、それは……。
「……本当に天使なのかい?」
思わず口に出した言葉に、ハルが笑った。
「そうね、そうかもしれないわね」
「ハルさん……聞こえてたんですか」
「おかげさまで、まだ耳は遠くなってないのよ」
言われた翡翠は、バツの悪そうな顔をして口を閉じる。
冷血人間として使用人からも、社の人間からも恐れられている翡翠が、こんな風に人間らしい表情を見せるのは、乳母として、親代わりになて育ててくれたハルに気を許しているからだろう。
ハルは名前の無い子供と、それに寄り添う翡翠を、温かい目で見つめた。
「ねえ翡翠、それってとっても素敵な考えだと思うんだけど?」
「なにがですか」
「だから、この子は天使なのよ。神様が翡翠にこの子を送ってくださったの」
「は?」
訝しげに視線を上げた翡翠に、ハルは一人で納得したように大きく頷いた。
「よし、そうと決まったら、この子に名前をつけてあげなくちゃ」
「ちょっと、ハルさん」
「そうねぇ、天の御使いだから、ケイジとか? ミユキ? それとも雨の日に拾ったから、アマネとか? シグレ? いま五月だから、サツキとかもいいわね」
ハルは指で数えながら名前をあげると、翡翠の目の前に突きつけた。
「どれがいいと思う?」
翡翠は迷惑そうな顔で首を横に振る。
視線を子供の寝顔に落として、しばらくの間じっと見詰めて沈黙した。
「…………琥珀」
ぽつりと言葉がこぼれた。
「え?」
「琥珀……は、どうでしょう」
翡翠の言葉に、ハルはあんぐりと口を開けた。
東久世家では生まれた子供に宝石の和名を付けるというしきたりがあって、「琥珀」などという名前は軽々しく与えていいものではない。
翡翠がその名を与えるということは、この孤児を東久世家の一員として迎えるという重大な意味を表しているのだから。
驚いて言葉をなくしているハルに、翡翠は晴れやかな笑顔を見せた。
「石言葉は幸福です。この子にふさわしい、いい名前でしょう?」
優しい手つきで子供の頭を撫で、翡翠はその特別な名前を呼んだ。
「琥珀、どうか目を覚まして。約束する、お前に世界の全ての幸福を送るよ」
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