災いの黒幕（9）-周平×裕太-

「なんで――なんで、外で遊んじゃダメなの、やだヤダやだ――外で遊びたいぃぃー！！」
裕太はフローリングの床に引っ繰り返って、手足をばたばたと打ち付けた。
「裕太……だから何度も言っただろう、これは罰だよ。昨日買い物に出たとき、お前は兄ちゃんに黙って、遠くに行っちゃただろう、だからそれが反省できるまで、しばらくは外出禁止」
「反省したもん、ごめんなさいって言ったもん、だからもういいでしょ？　ね、兄ちゃん」
大きな瞳に涙を一杯ためて、裕太が周平のパンツの裾にすがった。
いつもなら、裕太がここまでごねれば、「仕方がないな」と、苦笑交じりに周平は妥協しているところだろう。
しかし今日は違った。
裕太の涙交じりの懇願にも、決して首を縦には振らなかった。
「ダメだよ裕太」
周平はきっぱりと言った。
「だって、だって、さっき諒が、遊ぼって誘いに来たんだもん、だから……だから、行きた――」
裕太はそこで言葉を詰まらせた。
周平の厳しい目に、ぐぐっと口をへの字に曲げると、次の瞬間うわぁんと弾かれたように泣き出した。
「さあ……裕太。いい子だから、今日は大人しく家で遊びなさい――庭には出ても良いから」
ぽろぽろと零れる大粒の涙を、周平の指がぬぐった。
周平は裕太が泣き疲れて眠ってしまうまで、その小さな頭を抱いていた。

「裕太、もうお昼だよ」
周平は開けっ放しのドアを、コンと一度だけ軽く叩いた。
部屋を覗くと、裕太が眠っているはずのベッドは、空だった。
「裕太？」
周平はとっさにシーツに残る温もりを探った。
そのひんやりとした手触りに、裕太が外に出たことを直感した周平の瞳から、すうっと日が落ちるように、輝きが消えた。
「ゆうた――――」
周平は取り憑かれたような足取りで玄関を走り出た。
自分の発する声を、周平は遠い耳鳴りのように感じていた。
*
きゃぁぁぁ――――――。
裕太の上げた悲鳴に、周平はハッと我に帰った。
息苦しさに喉を鳴らして、自分が息をとめていたことにようやく気が付いた。
路上に蹴り倒した変質者は、既に鼻血を吹いて昏倒していた。
「に、に、に……にいちゃ……」
裕太が怯えた目で周平を見上げた。
周平は馬乗りになって締め上げていた男の襟首から、ぱっと手を離した。
ゴツンと、鈍い音を立てて男の頭が焼けたアスファルトの上に転がった。
「大丈夫、大丈夫だよ裕太……兄ちゃんが助けに来たから、もう大丈夫」
周平は唇の端をぐうっと持ち上げるようにして笑った。
慰めようと伸ばした手は、男の顔面から吹き出した血で赤く染まっていた。
「こわい…………こわい――――」
裕太は、ひゅっと引き付けを起こしたように、息を吸い込んだ。
しりもちをついた姿勢のまま、じりっじりっ、と後ずさった。
「――――裕太……」
周平は慌てて手をぬぐった。
足下で失神している男のＴシャツは、ぼろ雑巾のように着古され、ほとんど吸水性がなかったから、ごしごしと無理やりこすって、血をなすり付けた。
「怖くない……怖くないよ――ほら、もう怖くない」
周平はゆらりと、夏の陽炎のように立ち上がった。
強い日差しを背に受けて、目の前にそびえ立った大きな影に、裕太は痙攣したように全身をガタガタと震わせた。
「あ――――――」
火がついたように泣き出した裕太を、周平は地面から一息にすくい上げた。
「裕太、ゆうた……大丈夫、怖くないよ、兄ちゃんがお前を守るから、絶対に守るから……怖くない、大丈夫」
ほとんど呼吸もまともにできないほど、しゃくりあげ、泣き続る裕太の背中を、周平は壊れ物を扱うように、優しく――優しく、撫でた。